-
祖父の葬儀で、私が震えながら語ったこと
祖父の告別式で、父から「孫を代表して、挨拶をしてくれないか」と頼まれた時、私の頭は真っ白になりました。人前で話すのは大の苦手。ましてや、大好きな祖父を亡くした悲しみの中で、きちんと話せる自信など、全くありませんでした。しかし、憔悴しきった父の顔を見ると、断ることはできませんでした。私は、その夜、泣きながら便箋に言葉を綴りました。何を話せばいいのか分からず、ただ、祖父との思い出をひたすら書き連ねていきました。夏休みに、カブトムシの捕り方を教えてくれたこと。将棋で負けると、悔しそうな顔をしながらも、頭を撫でてくれたこと。私が大学に合格した時、誰よりも喜んでくれたこと。書いているうちに、祖父の不器用な優しさが、次々と思い出され、涙が止まらなくなりました。葬儀当日、私の名前が呼ばれ、マイクの前に立った時、足はガクガクと震え、手にした便箋の文字が滲んで見えました。第一声は、自分でも驚くほどか細く、震えていました。しかし、話し始めると、不思議と少しずつ落ち着いてきました。私は、用意した原稿を読むというより、祭壇の祖父の遺影に向かって、ただただ語りかけていました。「おじいちゃん、ありがとう」。その言葉を口にした瞬間、こらえていた涙が溢れ出しました。もう、それ以上は何も話せませんでした。ただ、嗚咽を漏らしながら、深々と頭を下げることしかできませんでした。完璧な挨拶とは、ほど遠いものでした。しかし、席に戻った私の肩を、親戚のおじさんがそっと叩き、「良かったぞ。じいちゃん、喜んでるよ」と、涙声で言ってくれました。その時、私は気づきました。上手く話すことなんて、必要なかったのだと。ただ、心からの感謝を伝えようとする、その不器用な姿こそが、祖父への何よりの手向けになったのだと。
-
初めての葬儀参列、当日の流れ体験記
先日、私は初めて、親族以外の葬儀というものに参列しました。亡くなられたのは、学生時代にお世話になったサークルの先輩です。突然の訃報に、何をどうすれば良いのか分からず、ただただインターネットでマナーを調べるばかりでした。葬儀当日、私は慣れない黒のフォーマルスーツに身を包み、開式の30分前には斎場に到着しました。すでに多くの参列者が集まっており、その厳粛な雰囲気に、私は息を飲みました。入り口で同級生と合流し、受付の列に並びます。「この度はご愁傷様です」。練習してきたはずのお悔やみの言葉は、緊張で少し上ずってしまいました。袱紗から香典を出し、震える手で芳名帳に名前を書く。その一つひとつの所作が、まるで初めての経験のように感じられました。式場に入ると、中央に飾られた先輩の、あまりにも若すぎる遺影が目に飛び込んできて、私はこみ上げてくる涙を必死でこらえました。静かに席に着き、スマートフォンの電源が切れていることを何度も確認しました。やがて式が始まり、読経の声が響き渡る中、私は先輩との思い出を心に浮かべていました。いつも冗談ばかり言って皆を笑わせていた、あの明るい笑顔。悩んでいた時に、親身になって相談に乗ってくれた優しさ。焼香の順番が来て、祭壇の前に立った時、私は「先輩、ありがとうございました」と、心の中で呟きました。見よう見まねで焼香を済ませ、自席に戻ると、もう涙を止めることはできませんでした。式の後、棺の中に花を手向ける「お別れの儀」がありました。眠っているような先輩の顔はとても穏やかで、それがかえって私の胸を締め付けました。出棺を見送り、霊柩車が遠ざかっていくのを、ただ呆然と眺めていました。葬儀とは、ただ悲しむだけの場所ではない。それは、故人がどれだけ多くの人に愛されていたかを知り、その思い出を胸に刻み、そして、残された私たちが前を向いて生きていくための、大切な儀式なのだと、この日の経験は私に教えてくれました。